うわ、めっちゃ空き。

最近、ガンガンも買ってないからなぁ(ちなみに、鋼のコミックスも買ってない、どころか単行本処分しちゃった、てへ)。
つぅか、真剣に本を処分中なので、新しいのは増やすまいと思って買ってない部分もあるのですが。いや、読むものもあんまないんだけど。

で、それなのに久々に買った(しかし社販)のが、『小説トリッパー Spring』――特集が「ポストライトノベルの時代へ」で、大塚英志斉藤環の対談が! あと、笠井潔中島梓の評論と、冲方乙一のインタビューって、買うしかないでしょう!

で、実際読んでみたのですが――ありゃりゃ、斉藤環って、何か、イマイチ私と合わないかも、つうか、私かなり旧人類(笑)? しかし、私、この方よりかなり若いはずなんだけど――
連載の評論は、まぁ面白かったんだけど、大塚との対談が、何か噛み合ってないなぁって感じが……昔行った、吉本隆明ボードリヤールの対談みたいな感じと云うか。論点がずれてるんだよね。私も、心理学にはかなりハマったクチ(しかも、入り口病跡学とかだったし)なのですが、斉藤先生、何か、逃げ打ってませんかね? 「書き手としての責任」を大塚から追及されて、返したのが「社会的・制度的責任は引き受けますが、それ以上は難しい」って、えーと、そんな小難しいことじゃないでしょう、って云う。
書き手に責任があるのは当然で、それは法的責任とかそういうレベルの話じゃないと思うんだけどな。「正常」を啓蒙するのが責任を取ることではないと思うんだけど、例えば「人間を殺してはいけない」と明言する類のことではないの? いけないのを承知の上で、敢えてそれを破ってみせる(但し、それがillegalだと示した上で)のが「文学」の、「文化」の役割だったと思うんだけどなぁ。
それとも、これはもう旧人類の戯言で、今の若い人(しかし、私だってその内の一人のはずなのだが)に、この言説は通じないってことなの?
つぅか、斉藤先生の「公共」の使い方にも違和感をおぼえました。って云うか、あの読み違いは、意図してやってるのかな、それともわかりたくないのかな? わかりたくないんだとしたら、精神科医も、自分のことはわかんないんだなぁ、やっぱり。

あと、笠井潔の評論も合わなかった。つぅか、「セカイ系」ってのがどうにも嫌い。
自分が物語を書く人間だからなのかも知れませんが、そして政治や経済の問題に関心がなくもないからかも知れませんが、「『書き手の恣意』に『経済や社会の問題』が先験的に優位すると」信じることが出来る出来ないじゃないと思うんだけど。
我々は、否応なしにこの「社会」に生きていて、そうである以上は、それをリアルに感知することは難しくとも、何らかの関わりを実感せざるを得ないのであって、それが抜け落ちている物語というのは、ひどく収まりが悪いような気がしてならないのですが。
だって、この世界で(「セカイ」ではなく)生きているんだもん。消費税が上がれば小遣いはピンチだし、「音楽聴くならi-Pod!」とか騒がれたら、やっぱ買いに走るじゃんて云う。
それが私たちで、そうやって「終わらない日常」(by宮台)とやらを生きていくんじゃないですかい。そのカタルシスとしての「物語」なら、私はわかるけど、「傷つきやすいボクとキミ」のふたりだけの「セカイ」なんて、夢にだって欲しいとは思わないや。傷つきやすくてとりえのない「ボク」に、そっと寄り添ってくれる「キミ」なんて、どこにも存在するわきゃないんだし、それなら、そのヤサシイ「セカイ」なんぞほっぽって、独りで、愛など信じず生きた方が、よっぽどマシだと思います。
甘ったれんなよと思う。と云うか、今リアル青春真っ只中の人には許されても、いい歳した大人はそれを云っちゃいかんのだよ。だから、甘ったれんなというのは、笠井とか斉藤先生とか、同い年だけど東浩紀とか。あなたたちが(そして私たちが)、この閉塞感に満ちた「世界」を変えていかなきゃならないんだぜと思うのです。私たちは、「終わりなき日常」に絶望した世代ではないはずなのに、どうして自分たちまでその絶望感に溺れて見せるんだろう。溺れてないと云うなら、メディア(じゃなくてもいいんだけど)で発言しうる立場の人間として、少なくとも若い人間に希望くらいは示してやれよと思います。現実は変えられるのだと、そう云い続けることが、そういう人間の責任ではないの?

つぅか斉藤先生も、精神科医として「『私』は変わらない」とは、云っていいものなの? 変わらなくても撓めていける、絶望ではなく希望がある、それが心理学や精神医学の立場ではなかったのかな? ――ああ、それとも医者だからなのかしら。確かに「ある一個人の性癖の度合と様態とは、その人間の精神の最頂上に至るまで高く聳え立つ」と云ったのはニーチェでしたが、それでも、それは「コントロールがきかない」とイコールではなかったはずなのですが。

何かもう、大塚しか安心して読めないってのは、真剣にどうなの。私、昔は(『少女民俗学』とかのころ)、大塚好きじゃなかったんだけどなぁ。
まぁいいや、私は私の道を行くさ。

で、もう一点。
こっちはバカもの。
『電車の中でもえもえ英会話』(三笠書房、王様文庫)電車の中でもえもえ英会話―ドキドキのフレーズで生きた会話が身につく! (王様文庫)
「もえもえ」と云いつつ、『もえたん』みたいなおたく好みの例文はありません。
つか、どっちかと云うと実用書?(笑) 腐女子サイトのトップに使える例文(「当サイトには、同人的要素が含まれています。意味がわからない方、苦手な方は、お戻り下さい」とか)が盛り沢山。
コミックに置けば売れるのになぁと思いつつ、売場担当(棚担当ではなく)にそっと振ったけど、全然動きゃしなかったわね、N浜さん&S崎係長! F屋はライトノベルの新刊台で展開してたのにな! 真剣に、今のコミック駄目だ! Y下が閉まったお蔭で売上UPしてるだけじゃん、腐海の森の住民どもめ!
ちなみに、『ハイパーウェポン』って雑誌(正確には増刊ですが)も、追加のかけ方鈍いしな! Z、ZZやサムライ7スチームボーイとか今度のトリブラアニメのメカデザの人だって云ったのに! 売れるだろ! あーもう、信じらんない!
雑誌であれだけ売れるなら、コミックならもっとだろうに……
ああ、森の住人全部馘にして、あたしにコミックやらせてよ! あの広いスペース、真剣に無駄だわよ……